謎のポリプ(販売終了)

謎のポリプ、挑戦者求む!(Eirene sp?)

このページに出てくるクラゲの物語は、まだ未完のままなのです。つまり、種が同定できていないポリプのお話。
結末はどうなるか分からないけど、とりあえず育ててみたら何かわかるでしょう。いや、もしかしたら新種かもしれない。
あなたにもこのチャンスがあるし、他にもこんなのがいっぱい転がってるのがクラゲの世界なのです。
一種くらい、夢を飼うってのもいいもんですぞ。


こんなカンジのクラゲだったのだ、たしか。


正体不明のポリプ

最初のいきさつからお話すると、このポリプの出所はこれまたtaroさんちの水槽。サカサクラゲとともにどこからともなく湧いたのを、御厚意で分けていただいたもの。アズキ大のサンゴ粒2個にびっしりついていたものですが、コーヒー瓶水槽に入れたらあっという間にビンにいっぱいになってしまいました。こんなやつです。


ハリモグラポリプと命名

実はその時点では、正体不明のポリプだとは思ってなかったのです。最初はtaroさんにエダアシクラゲのポリプだと聞いて(*1)私も鵜呑みにしてたんだけど、よく考えたら形状が全くちがうし、、エダアシクラゲ科のポリプは多形現象(*2)は無いはず。じゃ、こいついったいナニモノだ?

エダアシクラゲ科のポリプには、2種類の触手があるのです。ひとつは有頭触手といって、マチ針の頭みたいになってるやつ、もうひとつは糸状の触手、それぞれ4本違う場所から出てる(上図)。なかなかコミカルな感じで可愛らしい。一方問題のポリプは触手は触手は糸状の一種類だけ。
別種には間違いない。名無しのゴンベじゃ不便なのでとりあえず仮の名前をつけることに。サンゴ砂一粒ずつにびっしり生える様子からハリモグラポリプとしました。

(*1)この勘違いの原因は後でわかったんだけど、taroさんところの水槽には同時にエダアシクラゲのクラゲが発生してたらしい。つまり、両種のポリプが混在してたんだけど問題のポリプのほうが大量にいたので、そちらがクラゲを出したと思ってしまったのね。

(*2)多形現象とは、ヒドロ虫綱のポリプでよくみられる個虫の分業制のことで、おなじ群体の中に見た目が全く違うポリプが存在する。分業内容は生殖専門、攻撃、防衛専門などいろいろあるけど、みんなの栄養は捕食担当の栄養個虫から分配される。問題のハリモグラにも多形現象はないがこの分配の様子は同様に観察できる。


ポリプでは同定は不可能

さて形状からヒドロ虫綱のポリプであることは私にもわかったけど、これはシロウトにとっては泥沼にはまり込んだも同じこと。だって、この分類群には数百種があってしかもみんな似通ってる。絶対わかりっこありません。
いつもの他力本願で、jfishでの心の師、久保田先生に上の写真とともにうかがった所、「ヒドロ虫類のポリプには間違い無し、ただしポリプだけでは種まではわからないこと多い、生殖巣を見ないと」とのこと。
つまり無性生殖期のポリプはみんな似通ってるけど、卵や精子をつくるときだけ、その本性を現すということ。これにはいろんなパターンがあって、

  1. 小さいクラゲが出て、それが成長してやっと生殖腺が発達する。これがお馴染みのクラゲ。
  2. すでに生殖腺を持つ小さくて短命なクラゲが遊離し、すぐに放卵放精をおこなう。
  3. 生殖腺を持つクラゲ芽が出来るんだけど、遊離しないまま放卵放精する。
  4. クラゲすらできず、直接卵と精子が出来る。ヒドラがこのパターン。

この生態や形状によって始めて見分けがつくわけです。それまでは正体不明のまま飼い続けるしかない。しかも、普通の動物みたいに飼ってればかならず一年に一回とか有性生殖するわけじゃなくて、条件によっては飼育下で10年有性生殖をしなかったユメノクラゲAstrohydra japonicaみたいなヤツもいるんです。(まみずくらげ 幻の淡水クラゲ参照)
もう長期戦を覚悟しましたね。といっても、ただ餌やるだけで生きてるから、そのうちどうにかなるだろう、ということだけど。

ところで、このとき久保田先生はイタリアに長期遠征中で、連絡はeメールでのやりとり。ほんとは、プロの研究者の方に写真送り付けて同定を頼むのって失礼なことで、ちゃんと現物の標本をお送りするべきなんですってね。でもいつもこういうお願いばっかり。ほんとに足向けて寝られません。


クラゲが出るポリプだった!

もしかしたらクラゲでないポリプなのかも知れないと聞かされつつも、まあそれはそれで面白いやと思って数ヶ月、変化が無いまま増え続けたナゾのポリプだったのですが、ある日突然、ヒドロ根から出ている触手の無いポリプを発見!あっ、これもしかして、生殖体?わくわくしながら観察を続けていると、数日のうちにマミズクラゲのクラゲ芽そっくりになり、ある日、ポン、というカンジに真ん丸いクラゲになりました。
しかし小さい。直径1ミリにも満たない、サイダーの泡のひとつぶのような大きさ。2本の触手がある極小クラゲです。最初は逆さまにヒドロ根にくっついたままピコピコと拍動をしていましたが、まる一日たたないうちに遊離しました。新たなるステージへの幕開けです。


微小クラゲは最初が肝心

その後クラゲは気温の上昇にともなって大量に発生し、毎日10匹くらいずつ、コーヒー瓶水槽の中を漂ってるのが見つかるようになりました。これは育ててみなきゃ、ということで挑戦開始。このサイズの稚クラゲはマミズクラゲ育成であみ出したワザがありますからね、しかも海水だから餌のアルテミアがしばらく生きててくれるのでこっちのほうがやや簡単。
そのワザというのが、ブラインシュリンプ大量投与+全量換水作戦。まずクラゲを150ccくらいの小ビンかビーカーに30匹ぐらいまとめていれて、そこにほんとに孵化したばかりのブラインシュリンプをどばっと、という感じで入れます(この量については後述)。さてここからが勝負。
この時期のクラゲは水質の悪化に非常に弱いので、このままほおっておくと死んだアルテミアや自分の排泄物で水がいたんですぐに傘が縮んで死んでしまうのです。そこで、だいたい一時間くらい、半分くらいのクラゲがブラインシュリンプを捕食したころあいを見計らって、換水を開始します。といったって、水だけ換えるのは至難の技だから、クラゲのほうをピペットで新しい海水に移していくのです。
まだ泳いでるブラインシュリンプのなかからクラゲだけを見つけて移していくのはこれまた難しいのですが、そこは視力と集中力の勝負。多少のブラインシュリンプはいっしょにすいこんじゃってかまいません、あとでとりのぞけばいいので。海水はもちろん、比重や水温までどんぴしゃに合わせておきます。数をかぞえて、全部移し終わったらもとの容器を洗って新しい海水を入れて、一時間後にまた同じ作業。これを一日2回か3回。けっこうハードだけど、一週間くらいの短期決戦ですからね。永遠にこの苦労がつづくわけじゃない。
で、ブラインシュリンプの量ですが、この作業のことを考えるとあまりたくさんは入れられません、クラゲが見えなくなっちゃうから。かといって、少なすぎると餌を食べ損なうクラゲが多くなってしまいます。海水1ccあたり5~10匹くらいが目安になるでしょうか。まあ、全部のクラゲが餌を食べるのを待っていられないので、一部は食いっぱぐれるぐらいのキモチでないとこの時期をのりきれません。歩留まり50%、半数がここで生き残ってくれるあたりを目標にするべきです。
エアレーションは基本的にはなくてもいいくらいだけど、水面に油膜が張らないようにするためと、餌を水槽内に均一にばらまく為に水面近くでエアストーン無しでごく弱いブクブクを与えてやります。


3ミリまで育つと別の問題

うまれたばかりのクラゲは餌のブラインシュリンプと同じくらいの大きさで、いっぴきまるのみにするのがやっと、というところだから、世話する飼い主よりも本人たちは苦労してるはず。それでも最初の「お食い初め」がすんじゃうと、ちょっとずつ大きくなって徐々に楽になってくるようです。一度に2匹食べたりできるようになります。マミズクラゲよりも一本の触手が長い分だけ餌を食べるのも上手。この触手も最初は2本だったのが、4本、8本、16本と倍々に増えていきます。
このへんになると餌の食べ残しも少なくなるし、回数を減らしてもいいし、クラゲを探すのも簡単なんだけど、問題がひとつ。おおきすぎてピペットを通らなくなるという事態になってきます。
まだスプーンで掬ったり、ろ過装置つきの水槽に移すには小さすぎる。というわけで、裏わざをご紹介。
ピペットの裏側を使うのです。このときはガラス製のピペットがいいんだけど、ゴム球の部分をとりはずして、逆さまに構え、上の部分を指で押さえたまま水に入れてぱっと離すと、海水ごとクラゲを吸い込むでしょ?別の容器に移す時は、また指で押さえていればクラゲが落下することはありません。多少の熟練は必要だけど、この方法が一番クラゲを傷めずに済む。ときどき長い触手が切れちゃうことはあるけど、ちゃんと再生するから大丈夫。
この時期になると、成長は目をみはるほど早くて、すぐにピペットの裏側さえ通らなくなります。そうなったらしめたもので、ちょっと大きな容器を用意して、つぎのステップ。


5ミリくらいのサイズが一番楽だ

もうここまできちゃうと、あんまり苦労がない。見た目もクラゲらしくなって、ほんとに眺めてて飽きない。今までの苦労が報われるというものです。
たまたまこのクラゲの場合は、餌の食べ残しが極端に少ないというありがたいタイプなので、換水も徐々にサボりはじめて最終的には3日に一回ぐらいでもOK。ただし餌は毎日一回以上、水底の沈殿物だけはピペットで除去します。容器もやや大き目のものに移します。過密に飼育すると、長い触手が絡み合っちゃうので水槽あたりの個体数は少な目にするのもポイント。まあここまでで、10匹くらいは残ってると思うのです。
換水の手順は、いったん飼育容器から水ごとクラゲをボウルかなにかにぞろっと移しちゃって、その間に飼育容器を洗浄して新しい海水を入れて、スプーンとかチリレンゲでクラゲを掬って戻します。あっ、容器を洗う時冷たい水をつかうと海水温度まで下がっちゃうから、このへんも要注意。一般にはこの、飼育水を全部交換する、というのは御法度なんだけど、ほぼ毎日換えてるぶんにはクラゲは常に新しい水に体が慣れてるので、水質の急変によるショックはほとんどありません。ろ過装置を使ってひと月に一回換水、なんていうパターンでは絶対やっちゃ駄目ですからね。
ここでもちょっとしたウラワザがあって、水槽はこのころではなんでもいいんだけど、お勧めは太鼓型水槽。よく園芸店なんかで売ってるんだけど、運がいいと100円ショップでも「ネコビン」として入手できたりします。私が利用したのは300ccくらい入るタイプ。どうしてこれがいいかというと、これ上手にやるとホントに弱いエアレーションでたてまわりのキレイな水流が出来る、ということ。これはエアチューブの位置とか、いろいろ試行錯誤が必要だけど、コツは海水を8分目ではなく、瓶の口ちかくまでいっぱいに入れることかな。ついでにこの容器は洗うのも楽なので、四角いプラケースなんかよりも役に立つ場面は多いのです。安いの見つけたら、大小2こずつくらい買っておくべし。


2センチ、成熟間近、しかし

すべては順調に見えたのです。
直径が一センチほどになると、最初は球形だった体がだんだん平たい傘状になり、触手が32本を超え、4本の放射管に生殖腺の発達らしき兆候が見えたところで・・・溶けちゃいました。これは温度コントロールと、水質の問題だったみたい。いや、なによりも、慣れが出てきて気を抜いたのがいけなかった。同時期に、同定に重要な平衡胞など撮影してもらおうと顕微鏡写真家のGen-Yu氏にお送りして、安心したというのもあったんだけど、こちらも輸送などに問題あり、写真撮影前にダメになっちゃった。フリダシに戻るのは、あっけない。


さて何者だったのか

念願のクラゲが出たことで、かなりの範囲まで追いつめたと思うのだけど、正体はやはり不明のまま。
とりあえず、手がかりは、

  1. クラゲは出る
  2. クラゲ芽はたぶんヒドロ根から、一個の生殖莢から一匹ずつ
  3. 触手は最初は2本、その後32本以上になる。かなり長い
  4. 触手瘤がある
  5. 目立った眼点はなさそう
  6. 放射管は4本で、分岐しない
  7. 生殖腺は放射管のかなり長い部分にそって発達しそうだった
  8. 成長に伴い傘が偏平になる
  9. 口柄支持柄が発達し胃腔が下垂する

Hの生殖腺とIの傘の形状から、軟水母目Leptomedusaeだったことは間違いない、と思う。
ポリプにも、よくわかんないけど莢があるように見えるし。
さらにJの「口柄支持柄が発達し胃腔が下垂する」から、
コノハクラゲ科Eutimidaeと、
マツバクラゲ科Eirenidaeあたりにしぼってもよさそう。
同じような「胃下垂」のクラゲならカラカサクラゲなんてのもあるけど、こいつらはポリプ世代を持たないからありえないもんね。形も全然ちがうし。

コノハクラゲ科のほうからいくと、

コノハクラゲ Eutima japonica
が見た感じや遊離直後のクラゲの傘に顕著な刺胞群が散在することから近いけど、こちらは触手が8本まで、ということだし、ポリプが全然ちがう、コノハクラゲのポリプは二枚貝に寄生する珍しいポリプで、しかも単体性。却下。
シロクラゲEutonina indicans
はコノハクラゲに似て触手は100本に達する、ということだけど、図版でみる限り触手が短いもんなあ。とりあえず、除外。
ギヤマンクラゲTima formosa
も却下。これが触手数などの条件にはあうんだけど、ギヤマンポリプの現物を入手して比べたら全然ちがうの、ポリプから遊離するクラゲが数倍大きい(これはびっくりした)、傘の刺胞が見当たらない、最初の触手数は4本。成長したクラゲ同士を比べても、謎のクラゲのほうがギヤマンクラゲより更に繊細な感じなのです。

じゃあ、マツバクラゲ科のほうはっていうと

マツバクラゲ Eirene hexanemalis
は放射管が6本。いきなりハズレ。
エイレネクラゲ Eirene menoni
は触手30~40、で、おお、いい線いってる。触手間にある1~3個の平衡胞ってのもあるような気がするし。
あとは、各平衡胞の中の平衡石がいっこずつ、ならマツバクラゲ科には決定かな。でも日本産ではポリプは知られていない、という話だし、外国産の近縁種ではポリプの触手間に膜があるとか。

結局結論は出ず。
もしかしたら新種なのかな、とかクラゲならではの新事実があるのかな、と期待を持たせたところで、第1回の挑戦は終了。まあいいや、ポリプは生きてるし、また次の機会があるだろうし。次の再挑戦はゴールデンウィークくらいかなあ。


大発見の可能性、売ります

なんていっちゃうと、詐欺みたいなもんですが。
正直いって、新種である可能性はほとんどないだろうし、既知のクラゲの未知のポリプ(こういうのは結構ある)ということもこれまた期待できないんだけど、それでもあえて挑戦、というのはいかがでしょうか。
こういったポリプは別に珍しくもないから、たいていうち捨てられていると思うのです。私自身も、同じようなクラゲは、かつてヤドカリ飼ってたときにも水槽に湧いたことあるけど気にもとめなかったし。新種発見なんてのもこんなもんらしい。新種として発表されたあとで調べたら、10年間ほったらかしになってた標本と同じものだったとかね。熱帯の密林や未踏の荒野を探検しなくても、地道な研究からいろんなものが発見されるそうですよ。とくにクラゲの場合はポリプからクラゲに育て上げる、という技術が必須なんだって。

今回のポリプがそういった意味ではハズレである可能性はもちろん高いけど、ケース・スタディとしては格好の材料ではありますからね。万一貴重なポリプだったりしたら、私ひとりで飼ってるのもったいないし。育ててみて、ありふれた種のありふれたポリプだったとしても、相当楽しめることウケアイです。ただし初期のクラゲは相当に小さいですから、視力に自信がある方向きかもしれません。

P-113 ハリモグラポリプとポリプ用ミニ水槽セット 販売は終了しました

・ポリプがびっしりついたサンゴ粒を数粒お送りします。半年たたないうちに水槽いっぱいに増殖し、クラゲが出ます。
・もしかしたら、他種のポリプが混じっちゃってるかもしれません。ご容赦ください。
・セット内容については、ポリプ水槽のページをご覧ください。
・条件がいいとめちゃくちゃに増殖しますので、他の海水の水槽に混入しないようにお気を付けください。ポリプはたいていそうですが。
・例によって、放流は絶対にしないでください。日本産のものではない可能性もあるので、特に。
・クラゲの飼育は、特に水槽を用意しなくてもコップで飼えるサイズのようです。
ただし刺胞毒の強さも未知数ですから、素手で触ったり、飲み物と間違って口に入れたりされませんように。

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