平板動物センモウヒラムシ

トリコプラックス
トリコプラックスTrichoplaxこと、センモウヒラムシ

平板動物門

脊椎動物門の皆様、お元気ですか?

今回は平板動物門、プラコゾアのメンバーを紹介します。

和名センモウヒラムシ、トリコプラックス。Trichoplax adhaerens

ついこのあいだまで、一門一綱一科一目一属一種(いちもんいっこういっかいちもくいちぞくいっしゅ)の、いわゆる究極のモノタイプだったのです。

ごく最近近縁種が見つかって単独種ではなくなっていますがそれでもまだ数種類、圧倒的な少数派です。

動物門って、クラゲとサンゴとイソギンチャクの刺胞動物とか、昆虫やエビカニの節足動物、イカタコ貝類の軟体動物、あなたと私の脊椎動物などなど、それぞれ共通の特徴と先祖を持つ分類なのでそれぞれ大所帯だったりこじんまりしたグループなのですが、図書館やレンタルビデオのジャンルのような、雑とかその他という便利なウツワがないのでたとえ一種でも他に入らないやつがいれば新設するしかない。

普通こういうマイナー動物門って、他の動物に寄生してて一般的な方法では飼育出来ないか、飼ってみても面白くなんかないのが多いんですが、平板動物門、センモウヒラムシはそうではない、魅力的な生物です。

いまのところ便宜上、有櫛動物、刺胞動物とともに放射相称動物としてまとめられることもありまして、さらに近年の分子的な解析によると有櫛動物と刺胞動物の中間に位置する可能性が高いことになっています。つまり、クシクラゲよりも刺胞動物のクラゲに近い。クラゲショップとしては、もう「第三のクラゲ的動物門」として扱っちゃっていいんじゃないか、ということでご紹介いたします。

多細胞、不定形

センモウヒラムシは1000個程度の、たった6種類の細胞で出来ている直径1ミリメートルほどの袋を潰したような、おそらくもっとも単純で原始的な多細胞生物です。極めてゆっくりとですがアメーバのように変形しながら移動するのが特徴。なんだ、小さすぎると思うなかれ、こんなの巨大で動きも素早かったりしたら、絶対怖い。小さいからいいものだってあるんです。

一般的な左右対象性やクラゲ、ヒトデのような放射相称性どころか、前後の区別すらありません。はっきりした形態を持たず 裏と表があるだけ、 神経と筋肉も消化器官もなく、目や口もありません。

原始的で、平べったい、とくれば連想するのはエデイアカラ期の化石のナゾ生物で、ディキンソニア辺りとの関連性が想像されていますが、今のところ証拠は上がっていません。化石に残っているディキンソニアはさしわたしが1.4メートル、厚みが3ミリメートル位なのでかなり縮尺も違っています。ほら、こんなサイズで原生だったらかなり怖いでしょ?

わずかな特徴と言える器官は裏表両側にあり移動に役立っていると思われる繊毛(せんもう)だけ。日本語で「センモウヒラムシ」と呼ばれたりしますが扁形動物門のヒラムシ類とはまったく別のものです。

平板動物門の発見

初めて平板動物が人類の眼にとまったのは、1881年のオーストリアで、地中海産の海藻を入れていた水槽の中に「たまたま」見つかりました。よくあることです。

その翌々年の1883年、発見者のShultzeによって新属新種のTrichoplax adhaerensとして記載されました。Trichoは髪の毛、plaxは平らな、adhaetrensはぴったりくっつく、というほどの意味です。

この時点では、原生動物と後生動物の中間にある中生動物門mesozoa の一種である、と考えられていました。

クラゲと間違えられる

クラゲのプラヌラ(卵からポリプになるまでの、アレ)と間違えられる、という事件が起こります。これもたまたま、水槽でハイクラゲに似たクラゲの一種Eleutheria krohniが大発生したあとにこのTrichoplaxが発生したため、なのですが・・・

まさか、とお思いになられるでしょうが、クラゲのプラヌラって典型的なミズクラゲなどのプラヌラ以外にも、ぜんぜん泳がず匍匐(しかもすごく遅い!)しかしないマミズクラゲやヒルムシロクラゲのプラヌラもいることですし、不定形とか分裂して殖えるぐらいなら「やりかねない」とも思ってしまいます。

その後なんと、彼らについての新たな論文がひとつも出版されない時代が続きます。しかも先のクラゲの幼生説には批判的な意見が出されていたにもかかわらずこちらの方が主流として信じられたままになってしまうという事態にも。そう、今でこそネットでつねに最新情報を得られるけれど、ついこの間までは一度活字で出回った説は出版部数で上回らない限り事実、という思えば恐ろしい時代でした。

再発見

1962年頃から水槽内からの再発見が記録され始めます。

1966 年に我らがTrichoplaxと人類にとっての運命的な出会いが起こります。ドイツのKarl G. Grell先生による発見と観察によってセンモウヒラムシ研究が動き出します。

1962年に水槽内で再発見、1966年、Grell教授 August Ruthmannとともに水槽内での培養に成功。同年培養株クローンの確立。1972年に他に近縁種が見つからないまま、平板動物門Placozoa が提唱されます。

近年には新しい種が発見されたり野外からの採集が報告されたり、次々にニュースが入ってくるセンモウヒラムシ、知らないでいるにはもったいない生き物です。

飼育、観察

飼い方は極めて簡単で、海水水槽のガラス面とか、ポリプ飼育のシャーレの底の茶色の藻類を食べて増えてくれます。

餌がなくなればゆっくり少しだけ移動するという極めて牧歌的な生物ですが、小さな容器では増えすぎて全滅しちゃうことがあるので、定期的に新しい藻類の生えた容器に植継ぎします。全滅しちゃった!と思っても諦めずに海水全部交換すると一週間ぐらいで復活してくることもあります。

適度に汚れたシャーレまたは水槽が必要って、これだけ単独で飼うのはなかなか大変ですが、すでにクラゲ飼っている皆様にはハードルが低くなっているはず。

残念ながら緑色のヌルヌルのコケ、藍藻類(シアノバクテリア)はあまりお好みでは無いようです。Grell教授の研究では珪藻とクリプトモナスを与えたとあります。実際のアクアリウムでは水槽壁面はさまざまな微生物が発生していますからそれほどこだわらなくても通常の飼育には充分です。

増殖

飼育下ではアメーバ的な分裂と、砕片放出によって盛んに増殖します。

物理的な刺激があると(つまり、いじめられると)分裂が始まる場合があるようなので顕微鏡での観察中にも目撃できる事がありますし、輸送用に容器に入れたりすると到着時に分裂していることがよくあります。

残念ながら観察下での有性生殖はまだ完全な記録がありません。クローン個体同士でなくて別環境で発見されたふたつの個体群での交配で得られた受精卵の初期発生の観察記録はあるのですが、128細胞期から先に進みません。初期の幼生が遊泳性を持つようです。

発生過程が観察できれば、平板動物門、さらには多細胞動物の起源についての生きた証拠になるはずなんですが。残念な一方でまだネタバレされてない「未登頂の山」という楽しみでもあるわけで、我々自身のルーツにも迫る謎がこの小さな生物にひそんでいるのです。

社会性行動

最近の驚くべき研究で、センモウヒラムシのクローンで増えた集団が社会性行動を取ることが観察されました。なんと「みんなで一緒に食事をする」でした。

店主のようなタイプの人間にとって、これは非常に高度な社会性を要求される行動で、(しかも2021年の現在さらにハードルが上がっていますが)これらを視覚も神経系も持たないセンモウヒラムシがやってのけるのは、同じ遺伝子を持つクローン同士とはいえ大したものだと言わざるを得ません。

食べるといってもやつらは消化酵素を体外に分泌して体外消化して吸収するだけなので、「君が吸収する分を、僕が消化してあげる」という利他行動ですが、消化酵素等分泌しなくてすむ幸運な個体はその分のエネルギーを分裂や有性生殖に振り分けられるメリットがあり、個体群全体の利益になるのでしょう。

密集した近縁の高い個体群が、パッチ状に存在する資源を占有するという条件ではたびたび社会性行動が進化しています。センモウヒラムシでももしかしたら更に高度な、農耕だとか労働カーストや兵隊カースト等の分業制度、集団育児等が発見されるかもしれません。いや、もっと昔に絶滅しちゃった平板動物の中にそういう奴らがいたかも知れない。

店主の個人的な想像にしか過ぎないのですが、仮想的な真社会性平板動物の「国境警備隊」の武装は接触と化学物質にだけ反応して毒矢を打ち込む独立した細胞になったと思うのです。そのうち補食にも応用するようになって刺胞動物につながって、というのは、フィクションです。実在の種や研究結果と関連があるとも無いとも言えません、今のところは。

一度飼ったら絶対好きになる

平板動物門のことが大好き!って言ってくれるひとがあまりにも少ないのはきっと、まだ知らないだけなのです。

ただ見るだけなら、小さくてあんまり動きもなくて退屈な生き物かもしれないけれど。

生き物が辿ってきた道程をいろんなアプローチで遡ろうとしたとぎ、このセンモウヒラムシは絶対にかかせないパズルのピースだと思うと、ちょっと興奮しませんか?

宇宙開闢の謎を解く絶対温度3Kの背景輻射と同じように、注目して想像力をちょっとだけ広げることで、時間を巻き戻してカンブリア爆発前の生き物の世界をのぞくことができる「装置」なんです。

センモウヒラムシにとって外界がどう見えているか、など眠れぬ夜にでも考えてみてください。前後上下左右がなくて、胃袋の内側と外側がだいたい同じぐらいのボリュームを持つ「宇宙」を共有できるのはセンモウヒラムシと、それを飼ったことがある人だけです。

ご注文の前にチェック

藻類が適度に出ている海水水槽があるか、はとても大事。ガラスびんでも、ポリプに使っていたシャーレでも構いません。

もうひとつは・・・

いまお手元の水槽のなかに、もうセンモウヒラムシが居ないかどうかを確認!

届いて開封しちゃったら、最初からいたのか紛れ込んで増えたのか絶対に分からなくなっちゃう。更に言うと、届いて、開封する直前にも再度水槽を見てみるべきです。容器越しにでも一度現物を肉眼で見るだけで、脳がパターンを記憶してセンモウヒラムシ発見能力を発揮するようになります。

飼育方法はまだ手探りで、これがベスト、という飼育方法はありません。それでもトライしてみたいという方向けの販売です。

慣れないと見えない生物なので一匹ずつ、マイクロチューブに入れてお送りします。輸送中にも分裂するので取りこぼしがないよう、生体を取り出したあとの空き容器もそのまま海水に沈めておいてください。

TR-041センモウヒラムシ¥2,000(送料別)

ほぼ生体のみのセットですが、シャーレ、飼育海水500ミリリットル、センモウヒラムシを移動するための極小スポイトが付属します。移動する時は海水をやさしく吹き付け、半分くらい浮き上がったところで吸いとってください。ちょっとだけ熟練を要する作業ですが、センモウヒラムシオーナーだけが体験できる試練です。是非、あなたも。